きれいになりたいから 1
美を求めて、東京ではエステティックの体験をしました。
化粧品会社を歴訪して情報を集め、実際にそれぞれの会社の化粧品を使ってもみました。
皮膚科医もたずねました。
しかし、どれも私には満足できませんでした。
「どこかに、真の美容法、理想の化粧品があるに違いない。」そんな、蜜気楼を追うような月日が続きました。
そうした時、私が偶然手にしたのが一冊の本でした。
その本を読んだときのはっと目を覚まされたような感動を、私は今もはっきりと思い出します。
美を求めて、東京ではエステティックの体験をしました。
化粧品会社を歴訪して情報を集め、実際にそれぞれの会社の化粧品を使ってもみました。
皮膚科医もたずねました。
しかし、どれも私には満足できませんでした。
「どこかに、真の美容法、理想の化粧品があるに違いない。」そんな、蜜気楼を追うような月日が続きました。
そうした時、私が偶然手にしたのが一冊の本でした。
その本を読んだときのはっと目を覚まされたような感動を、私は今もはっきりと思い出します。
受け身の姿勢で得たものは、あまり身につかず、長続きもしないもの。
学習とは、能動的なものでなければ意味がないのです。
したがって教育者にとっていちばん大切なのは、人が能動的な姿勢で学習する意欲を持てるような「雰囲気」を作ること。
それができる人物が、もっとも優れた教育者だと言えるでしょう。
だからこそ管理職にとっては、部下の提案を積極的に受け入れたり、障害を取り除いてあげたりという「環境作り」が重要になる。
こうしたことは、すべて部下の「やる気」を高めるのに役立ちます。
「やる気」ほど、人が成長するのに役立つ栄養素はありません。
部下の向上心や意欲を高めることさえできれば、上司として最低限の役割を果たしたと言ってもいいぐらいです。
たとえば松下村塾の主宰者だった吉田松陰にしても、そんなに難しいことを塾生に教えていたわけではありません。
彼の最大の功績は、尊擁派の拠点となった松下村塾という教育の「場」を提供したことだと思います。
もともと人が持っている向学心を受け入れる「場」があれば、人は自ら学んで育っていく。
高杉晋作も伊藤博文も山県有朋も、もともと持っていた才能を、松陰が与えた「場」の力によって開花させたのです。
他人から与えられた知識や情報よりも、自ら学び取った能力のほうが人を成長させることは言うまでもありません。
たしかに上司には、教育者的な役割が求められます。
わからないことがあれば教えてあげるのが当然だし、自分の経験を後輩に伝えていく責任もある。
問題は、「教育」という言葉がどうしても「上から下へ」というイメージを持っていることです。
だから、「教える立場」になると自然に自分が偉いと錯覚してしまうのでしょう。
でも、これは学校でも同じだと思いますが、教える側のほうが教えられる側より偉いなどということは決してありません。
教師が生徒を「育てられる」と考えているとしたら、それは思い上がりというもの。
生徒は自ら「育つ」ものであって、教師はそれをサポートしてあげるだけです。
教育者の役割は人が育つ「雰囲気」を作ることだそうです。
すでに述べたとおり、人の能力は「環境」によって引き出されます。
部下の能力は、上司によって与えられるものではありません。
上司から与えることができるのは、仕事上のノウハウや目的意識であって、能力というのは部下がもともと持っているものなのです。
そこを勘違いして、「能力を身につけさせてやろう」と思ったところから、おかしな上下関係が始まるのではないでしょうか。
もっとも、「部下に能力を与えたい」と考える上司も、決して悪意があるわけではないでしょう。
そういう上司の多くは、おそらく仕事熱心なのだと思います。
熱心なあまり、「指導者」「教育者」という自分の役割を過剰に意識してしまう。
それが結果的に「押しつけがましさ」を生んでいるケースが多いに違いありません。
管理職が肩書に権威を求めて自分のことを「偉い」と錯覚している限り、フラットな組織は作れないといいます。
能力のない上司ほど、威張り散らして部下を怖がらせることでセクション全体を支配しようとするものです。
そういう上司は、リーダーに求められる「強さ」という言葉を履き違えているのでしょう。
強いリーダーシップとは、集団をぐいぐいと前に向かって引っ張っていく「力」のことです。
上から下へ向けて「力」を行使し、相手を抑えつけるのがリーダーシップなのではありません。
このベクトルを誤らないことが、部下の能力を伸ばすための第一歩ではないでしょうか。
経営会議では二度も否決され、彼自身も最初は反対する側に立っていました。
それぐらい、ベテラン側から強硬な反対意見が出されていたのです。
ただし、若手のチャレンジ精神を潰したくないので、研究は続けさせることにしました。
結局、その後も若手研究者たちは意欲的に研究を続け、経営会議のメンバー全員を納得させる試作品を完成させたのです。
そして、この新商品が彼がアサヒビールに来る前に、アサヒビールを救いました。
もし、もっと早く若手の提案を吸い上げる仕組みを作っていれば、スーパードライは何年も早く世に出ていたかもしれません。
とある方がアサヒビールに来た当初、ある改革を行いました。
新しい味について考える際、七年以上のキャリアを持つ研究員には職位に関係なく一律に一票の権利を与えたのです。
技術担当の役員に「技術者は何年ぐらいで一人前になるのか」と尋ねたところ、およそ七年ぐらいだろうという回答を得たことが、「七年以上」の根拠でした。
若手技術者からスーパードライの商品企画が持ち上がったのは、その後のことです。
当初は「上」のほうから、「辛口のビールなんて世界にも前例がない」と反対意見が相次ぎました。
若手は「前例がないからこそやらせてほしい」と主張するのですから、話がまとまるわけはありません。
日本の俗信では地震をナマズが起こすといわれていることが多く、最近もナマズと地震の関係を調べようという魚類学者の研究グループに文部省の科学研究補助金が出されることになったという新聞記事も出ていたくらいであるが、アイヌの伝説ではアメマスが地震を起こすといっていることが多い。
地震は、アメマスが地下で暴れるから起こるのだと、ほとんど全道で伝えていて、地震のときには炉の中に火箸とか小刀をつきさし、「エイツケウクラリナ(お前の腰骨を押えたぞ)」とか「エイツケウ(お前の腰骨)」「エイツケウ」と唱える習わしがあります。
暴れると腰骨を小刀で叩かれるぞ、火箸がつきささるぞといって、アメマスを脅すのです。
屈斜路湖に限らず、然別湖でもやはり大アメマスが住んでいたのが大熊を存んで蛍息死したのだと伝えているし、支笏湖や洞爺湖、摩周湖などでも大アメマスの伝説が語られています。
これは、北海道ツアー中に聞いた話です(´▽`)
技術系の仕事というのは、本来、もっとも変化の激しい分野でしょう。
日進月歩、いや、いまや「分進秒歩」とも言われる速度で技術革新が進んでいるのですから、技術畑で働いている若者ほど進取の精神を旺盛に持っている人たちは他にいないはずです。
ところがそんな分野であるにも拘らず、技術系の職場というのは上下関係に厳しい面があります。
大学の研究室などを見ても、教授の言うことは絶対で、助手や学生が異を唱えることなど許されないような雰囲気のところが多いのです。
それが新しいチャレンジを阻害しているのだとしたら、自らの手で首を絞めているようなもの。
そんなリーダーは「先導役」とも呼べません。
単に、後ろから足を引っ張っているだけです。
そういう弊害をなくすには、少なくとも新しい提案の取り扱いに関して、上下関係のないフラットな組織を作らなければなりません。
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